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足るを知る

2度の心拍確認後流産を経てインドで妊娠→日本に里帰り中。不育症(抗リン脂質抗体症候群)でアスピリン服用中

正社員やめたけどあんまり後悔してない

大学卒業して10年、正社員で仕事をしてきた。

入社して7年目に結婚し、産休と育休をとって時短で働き続けるつもりだった。

私も「保活」にいそしむんだろうなってニュースをみながら漠然と考えていた。

 

でも結婚直後に妊娠してすぐに出血がはじまり、切迫流産で10日ほど入院したときに、仕事をしていることそのものが、ものすごくストレスだったことに気付いてしまった。

自分の中で赤ちゃんの命が消えていこうとしているのに、そのことより、休むことで職場に迷惑をかけていることにイライラしている自分がいた。

 

その時初めてなんかやべえなって思いました。自分が。

 

赤子の命<仕事 になってる。

いや、

赤子の命<体面 かな。

 

働いていた会社は上場企業で給料もよく福利厚生も完璧で、やめるなんてもったいない環境だった。全社をあげて女性の活躍推進をするような会社で、文句を言うなんておかしい。しかし、そう思えば思うほど自分の気持ちにうまく対処できなくなっていった。

 

今がつらいからやめたいだけじゃないの?

やめたらもう戻れないよ?

ていうかやめて専業主婦になってあなたになんの価値が残るの?

 

だましだまし働きつつ、2年くらいずっと悩んだ。

 

子どもがうまくできずに、できても流産してしまって、まわりの同期に妊娠→産休&育休→時短復帰という子が増えてくると、スムーズにいかない理想と現実にイライラと焦りがつのった。

 

あせりとは裏腹にキャリアは順調で、入社9年目に上司に2度目の昇進を告げられた。しかし、断った。今以上に成果を出すとなると、精神的にやばそうだなって本能的に思ったから。でも決まったことだからとあっさりいわれ、私は昇進した。

 

いま思うと、会社は結婚後も働く女性をゆくゆくは管理職にさせたかったのだろう。会社全体がそういう取り組みを熱心にしていて、私を含め一定数の女性がそういうレールにのせられていた気がする。

 

昇進してラッキーなんてまったく思えなかった。

ものすごいプレッシャーだった。

がんばらないという選択肢がなかった。

 

子どもができていわゆるマミートラックにはまった同期からも色々いわれた(しかし私の会社では自らマミートラックにはまりたいと願う女性社員のほうがはるかに多かった。仕事はやめず、しかしがんばらず、能力はあってもなるべく目立たないように気をつけて、家庭と育児も両立したいと願う女性社員は現実にはものすごく多いと思うんだが、メディアに出てくる育児中の女性ってみんなバリバリ昇進したいと願っているように見えて違和感)。

 

25のときに見つかった子宮筋腫は流産を経て急激に大きくなり、電車で席をゆずられるくらい下腹部が出ていた。

のちのちMRIをとってみると、漬物石のような巨大な筋腫が子宮を押しつぶしていた。

 

これはなんだ。からだからのメッセージか。休めというメッセージか。

とりあえず、妊娠するために手術しよう。そう決意してリュープリンで筋腫を縮め、腹腔鏡で切除した。

その後も仕事に復帰して黙々と働いていたが、手術後1か月くらい経ったとある晩秋の夜、夕飯を食べながら夫にぽろっとこぼした。

「あのさ、仕事やめようと思うんだけど」

 

夫は反対しなかった。

そこからは早かった。

夫婦で話し合った翌日、上司に退職の旨を伝えていた。

形式上は引き止められたけど、とんとんと退職話はまとまり、半年後には退職していた。

結婚でも妊娠出産でもない理由で退職することは、いまどき珍しいのかもしれない。

でもあのとき辞めないとだめな気がした。

 

世の中には、働きたい女性がたくさんいて、保育園入りたい日本死ねと憤っている。

休みたかった私のような人間はちょっと肩身が狭い。

でもいいんだ。10年、手を抜かずに自分なりに悩んでもがいて働いた。それは私の自信につながっている。

正社員をやめて3年経とうとしている。その間にインドにいって、妊娠して、いま実家にいる。人生はどうなるかわからない。

 

体調はずいぶんいい。筋腫は復活しているけれど妊娠に支障はないし、保活もしなくて

いいし、夫婦仲もとてもいい。赤子は腹の中でぐにょぐにょと動いている。5年間夢にまでみた妊娠生活だ。自分が過去にしてきた選択で「今」がある。

 

私は私を守るために、キャリアを捨ててストレスフリーな環境を選んだ。そう思うことにしている。

 

そんな私も、子どもがうまれて、育児ノイローゼになって、外に出て働きたいと願うのかしら。

 

それでも、あの時やめなければよかったと思うことはないと、私は確信している。