足るを知る

インドで妊娠→日本で里帰り出産

生後2か月半

この世に生まれ落ちて75日が経過しました。箇条書きで変化など。

 

こぶししゃぶり

寝落ちできなくて暴れているときにこぶししゃぶりをするようになりました。

そしてよだれまみれのこぶしを隣で寝ている私になすりつける。やめれ。

 

クーイング

1か月半くらいからあーとかうーとかいうようになりました。

色々買ったおもちゃは無視してなぜか壁掛けのカレンダーに興奮し、あうあういってます。

ミルク飲み終わってご機嫌になると笑顔+クーイングで私を癒してくれます。

 

生理的便秘

2か月すぎたあたりから緑便が続くようになり、やがて1日2回出ていたうんちが出なくなりました。3日便がでなかったときは焦りましたが腸の発達に伴う生理的便秘なようなので見守ることに。今は1日1回うんちが出るようになり、色も黄土色に戻りました。

 

あやすと喜ぶ

これが一番の変化かも。あんよをもってバタバタさせてあげたり、お腹をつんつんすると笑顔で喜ぶことが多くなってきました。あ~~コミュニケーションできてる~うれしい~~ってなります。

 

夫がインドにいるので実家に行かないかぎりアパートで赤子と二人きりです。

娘はとてもかわいいけれど、やっぱり時々息が詰まるような気持ちになることがあります。

息抜きにベビーカーで近所のヨーカードーにいったら私がばててしまいました。往復30分歩いただけで。

 

こないだ都内で子育てしてる友達ふたりが子供つれてきてくれたんですけど、4,5歳男子の破壊力がすさまじくて引きました。

元々子供慣れしてないのもあるんですけど、なんだあの破壊神は。超疲れた。

 

そして夫はインドで単身赴任しているうちにいつのまにか自炊スキルが上がってました。

夫のいる街はコンビニはもちろんお弁当とかもないんで基本的に自炊するしかないんですよね。夫が料理できるようになるのは助かるのでラッキーでした。

2か月

娘がうまれて2か月が経ち、ブログを書こうと思う余裕が出てきました。


とはいえ特に体力づくりも何もしていなかった35歳、がっつり睡眠不足にやられています。

細切れ睡眠に身体が慣れるまでがきつかったなぁ。

30分でも隙間があったら寝るようにしたらだんだん楽になりました。


授乳のこと。

 

ひとついえるのは、産んだら出るわけじゃないのねおっぱいは。ってことです。

よくお母さんが優しく微笑みながら赤ちゃんにおっぱいあげてるイメージ写真がありますけど、ふざげんなってかんじです。

はじめの一ヶ月は、赤ちゃんは空腹で、母親は乳首の痛みで鬼の形相です。

で、わたしは結局ミルク寄りの混合に落ち着きました。


おっぱいは乳をやるだけじゃない。すごい万能機関だ。

娘にとっては寝かしつけや怖いときの駆け込み寺的な役目も果たしていてすげーなおっぱいと思います。


いまはアパートと実家を行き来しています。

インドに居る夫には申し訳ないのですが・・・

 

夫の世話をしなくてすむ

 

 ということが予想以上に産後の私にとって楽です。すまん、夫よ。おかげさまで娘の世話に打ち込める。


実家が近くにあるので適当に頼れる環境であることも大きい。

8時頃に娘の寝かしつけをしてそのまま寝てしまえるため細切れだけど5~6時間の睡眠時間は確保できています。

 

 単身赴任の夫には毎日写真や動画を送って罪滅ぼし。


娘といえば、はじめの一ヶ月は寝るか泣くかしかしなかったので、お世話の壁打ち感がすごかったです。

産後の疲れと睡眠不足があいまって、育児って思ったより楽しくないなって思った時もありました。


2ヶ月になるとニヤニヤ笑うし、たまに私を見てニコッとしてくれるし、お世話の報われ感が出てきました。

無償の愛なんて嘘だ。やっぱり笑顔という報酬が欲しい。

そう思ってしまうのです。

生みました 生まれました

5/29に2838gの女の子を帝王切開で産みました。


元気な産声をあげほっとしたのもつかの間、肺に羊水が残り呼吸が早くなる一過性多呼吸と診断され、保育器の中で4日間過ごすというちょっとしたトラブルもありましたが、今はおっぱいもミルクもたくさん飲んでとても元気です。


こんなに可愛い我が子と過ごせるのが夢のよう。

生まれてきてくれてありがとう。がんばったね。


インドから2週間休暇をとって駆けつけた旦那も、アパートに戻ってからオムツ替えや沐浴、ミルクの授乳と大活躍。

次に会えるのはなんと4ヶ月後。

つらいけど、毎日写真や動画を送ってあげようと思います。


新生児の期間なんてあっという間なんだろうな。この濃密な時間を大切に過ごそうと思います。

この感動が味わえるなら、2人目も欲しいなぁと思ってしまう…。


極楽浄土にいる父も、笑っている気がします。

36週 助産師外来 / 父の相続手続き

助産師外来に行ってきました。

19週で里帰りして以来、はじめての助産師さんです。

看護学生が実習にきていて、お腹の触診をやってくれました。未来の人材を育てるためならいくらでも触ってくれ!と腹を差し出します。

 

いつもよりじっくりエコーを診てもらえて、顔をフリフリしたり、手をぐーぱーするところなどが眺められてほっこりしました。

体重は3006gと大きめ。たぶん誤差だと思いますと先に謝られましたw

前回B群溶血性レンサ球菌の検査をして、それは陰性だったんですが、ついでにカンジダ菌が検出されちゃったみたいでした。

痒みの自覚症状がなかったから気づかなかった~。

前から仕事でしんどくなると出ちゃうんですよね。

先生に膣剤を入れてもらいました。治るといいな!

そのあとまだしてなかった病棟も見学させてもらい、いよいよ4日後に入院です。

母ちゃんがんばるぞ~。

 

そのほかにした質問↓

Q:帝王切開なので母乳がスムーズに出るか不安。

A:手術当日でも母子に問題なければ授乳にトライできる。病棟でもサポートするのでがんばってみましょう。

 

Q:ベビーベッドがありません。赤ちゃん用のお昼寝布団(固綿)を買いましたがそれでOK?

A:問題なし。どうせ大人と添い寝するようになるのでベビーベッドはあまり使わない。

 

Q:赤ちゃんの取り違え防止って何か対策してますか?

A:お母さんの手首につけたタグとおなじ番号のタグを、生まれた直後の赤ちゃんの足首につけます。大事なことなので病院でも気をつけて対応しています。

 

********************

 

亡くなった父の相続手続きは、だいたい目途がたちました。

・土地、家屋

・NTT加入権

・光熱費

・インターネットのプロバイダー

こういったこれからも使う権利?は母に名義変更(支払いがあるものは口座変更も)。

土地家屋の登記変更は地元の司法書士に依頼する予定。

 

・クレカ

・携帯電話

解約して終了。

地味にヤフーのプレミアム料金とか、ネットの有料サービスの解約もれに注意。

 

・生命保険

国債や株などの有価証券

これらは所定の支払い手続きをとって終了。被保険者のマイナンバーが求められるようになりましたが、故人のマイナンバーがわからんという場合は住民票(除票)にマイナンバーを記載してくれます。

 

・預貯金

これは金額にもよりますが、戸籍を取り寄せたり書類を郵送で何往復かするので時間がかかります。まず故人がどの金融機関と取引があるのかだけでも速やかに特定するといいです。うちの父はいろんなネットバンクで定期預金口座を作ってて、それだけ作業が煩雑になりました。できれば生前に本人が解約してメインバンクに集約するとかしてくれればよかったんですけどね・・・。

あ、あと本籍はあまり動かさないほうがいいと思います。相続のときに「故人が生まれてから死ぬまでの戸籍」を提出する必要があるのですが、戸籍はその本籍がある市区町村に請求しなけりゃいけないからです。

引っ越しのたびに本籍も動かして・・・とやってると、自分が死んだときに遺族が何か所もの市区町村に郵送や訪問で戸籍を請求する羽目になります。南無~。

父は幸い2か所で済んだので楽でした。

 

・年金

うちの父は国民年金厚生年金基金から年金を受給していました。

厚生年金基金は民間の団体なので、国民年金とは別に手続きする必要がありました。

ちょっとややこしいんですけど、まあ言われた書類を提出すれば終わります。

問題は(国の)遺族年金の書類が超絶にめんどうだったこと。3~4時間はかかった。

親がどんな年金をもらってて、どういう加入記録(転職多いと大変そう)をもっているのかは、生前に整理してもらうと後が楽だと思います。

 

 

この本を参考にしました。

[rakuten:book:17220283:detail]

 

アスピリン終了

35週6日で低用量アスピリンを飲み終わりました。

薬の半減期がだいたい3~5日だそうなので、帝王切開の手術には影響はないそうです。

アスピリンの効果が切れて胎動に変化がないか心配なので、寝る前に胎動カウントをしています。幸い、ドカドカうにょーーんと元気に動いてくれています。

 

予定帝王切開の37週5日までジャスト1週間です。

どうかどうか、母子ともに健康に産めますように。

ここ1か月のこと

箇条書きです。

 

・妊娠は順調です。35週に突入しました。予定帝王切開の日取りも決定。あと2週間ちょっとです。

・名前も大体決まりました。第一候補が偶然に義母の姑と同じ名前だったためやめて、それをアレンジすることに。

・赤ちゃんお迎えも大体準備できたかな。買うか迷ってたハイローチェアは3か月レンタルして様子見ることにしました。

 

・先月、父をガンで亡くしました。享年67。定年して2年しか経ってなかった。2年前から闘病していて、一度は寛かいしたのだけど、今年に入って全身転移がわかり、入院してたった3週間で逝ってしまいました。

・父の入院後、母とともにほぼ毎日見舞いに行き、家族全員+夫で看取ることができました。孫の顔を見せてあげることはできなかったけど、エコー写真を見せることもできたし、あまり悔いはありません。

・全身転移による癌性疼痛は、相当に我慢強い父ですら弱音をはくほど。モルヒネを使っても完全に痛みを取り去ることはできなかった。末期がんってこんなに痛いんだ。見ていられなくてかわいそうだった。

・父はかたくなにがんの再発を口にしなかった。腹の調子が悪いから、それが治れば帰れると思っていた。その時点で私たちの父の余命を医師からきいていたので、本人に言えなくてしんどかった。

・父の死にまつわる怒涛の出来事(葬式、お墓探し、実家の片付け、相続手続きなど)であっという間に1か月たってしまいました。

・母はもっとしっかりしている人だと思っていたけど、やはり夫を亡くしたショックに加え、もしかしたら少々ボケ始めているのかもしれなくて、ものすごく受け身になっている。特に保険年金、家のお金のことなど、考えていた以上に何も把握できていなくて、ちょっとびっくりした。かかあ天下だと思っていたけど、実は裏でコントロールしていたのは父だったんだなあと実感。年を取り頑なな性格がより強くなって、けっこうめんどくさい(特に酒が入ると)。話が通じないことも多い。ああ、世代交代。とにかく、親の死のときは子供ががんばるしかないと思った。

・姉とは自然と役割分担できていて、姉が葬式、墓探し、実家の片付けを担当し、私が保険や年金、相続関係をやっています。わりとドライな姉妹関係だったけど、ほんと、今回ほど姉がいてよかったと思ったことはない。母がおぼつかないので、姉と二人で相談しながら実務的なことはこなしていった。

・父の遺した保険や年金や有価証券、それに土地などの事務手続きは、自分が出産するまでにできるだけ済ませていこうと奮闘中で、残すは預貯金と有価証券の相続のみ。たぶん相続税申告が必要なほどの財産はない。

・いろんな銀行にちょこちょこ定期預金作るのやめてくれ~。手続きがめんどくさい。と亡くなった父に恨み言。

・葬式(家族葬)やお墓探しなど、はじめてやることばかり。いろんな意味で勉強になった。最近話題のお坊さん便を使ったりしました。かかった費用のことや自分のときはどうしたいかなど、いつか備忘録がわりに書きたい。

 

とりあえず、あとは元気な子を産みます!

6月生まれの出産準備【新生児衣料】

赤ちゃんお迎えグッズを、妊娠中期からちょぼちょぼと買っています。

はじめは「コンビ肌着?カバーオール??ビブ???日本語で言ってお願い!」と混乱していた35歳の脳みそも、少しずつ言葉の意味に慣れてきました。

周囲からおさがりをもらう環境ではないため、ゼロベースで揃えています。中古も抵抗ないため、メルカリもけっこう使ってます。

 

私の環境は、

・6月初旬出産予定

・女の子(たぶん)

・実家から徒歩1,2分の賃貸アパートに赤子と二人暮らし

・実母の助けあり

・夫は海外赴任のため不在

・日本で1年暮らした後、夫のいる海外へ行く可能性大

・田舎なので車社会、電車は乗らなくても生活できる

です。

 

***

 

29週時点で、赤ちゃんの肌着や服は以下のように揃えました。

すぐサイズアウトしちゃうんだろうな~と思いながらまずは必要最低限。

ただ、買い始めちゃうとだんだん欲が出てきちゃって、ネットをさまよったついでにポチしてしまうこともあります・・・可愛いんだもんベビー服^^;

 

【短肌着、コンビ肌着】

短肌着を4着、コンビ肌着を5着買いました。コンビはBeBeのアウトレットで2着、あとは下記で購入。

 

【洋服】

コンビミニの↓をメルカリ(1000円)で購入

 

ロンパース

・エイデンアンドアネイのロンパースがメルカリで600円だったのでついポチ。

 

【ビブ】

・エルゴのおまけでついてきたsassyのビブ!まだ1枚だけ。お祝いでももらえそうだし追加は生まれてからでいいかなー。

 

【おくるみ】

エイデンアンドアネイのモスリンコットンとバンブーを1枚ずつバラ購入。

バンブーは↓で。

モスリンコットンはメルカリにて購入。

バンブーはてろりんと柔らかいレーヨン、モスリンコットンはさらっとしていてどっちも好きな感触。柄はシンプルなドットにしました。

 

***

セレモニードレス、靴下、帽子、ミトンなどは必要に応じて出産後に検討しようと思います。

28週 鉄強化週間 その後

 26週のときに「貧血気味」といわれたので鉄を毎日最低16mgとり続けました。

 

a-miso.hatenablog.com

 

今日、28週の血液検査だったのですが、貧血状態は回避していました。

といっても、数値は基準値が「10以下が貧血」のところ「11」なので(たぶんヘモグロビン値)ギリギリだそうです。

なので引き続き出産まで鉄分強化作戦は継続します。

小林製薬のサプリは飲み終わってしまったので「ピジョン葉酸タブレットCaプラス」(2粒で鉄10mg)と「DHCのヘム鉄」(2粒で鉄10mg)を気分によって飲み分けています。

セブンプレミアムの鉄チーズは継続。

 

赤子の体重も1200gに達しており、大きさも週数通りでした。

アスピリン飲んでる以外はほんと順調。

そう思っていたのですが。

 

今日血液検査があるのがわかってたのに、お腹が空いてしまい、ついついおにぎりとサンドイッチをぱくぱく(糖質うめえ)→30分後に採血。

当然だけど血糖値ひっかかった。バカだ。

「この時間帯(午後2時ごろ)は食事の内容で引っかかる人も多いんですよね~」と先生。はい、私のことです。

 

2週間後にブドウ糖負荷試験やってきます。。。

でも再検査でも引っかかったら怖いので、間食控えたりウォーキングがんばろうと思います。

医療保険は使ってなんぼ

医療保険や死亡保険の保険金・給付金を支払う部署に6年ほどいました。

 

生命保険会社において、営業が保険の入口だとしたら支払が保険の出口。

お客様にダイレクトに商品(お金です!)をお届けできる部署なのでやりがいはありました。

 何万件も支払いをやってきて思うのは、医療保険って使ってなんぼだよな~ってことです。

 

結婚や妊娠を機に医療保険に入るか迷う方が多いと思います。

個人的には「保険料が安い掛け捨ての医療保険念のため入っておきたい」なら、加入する必要性は低いです。

不慮の事故や病気に備えて保険に入っておかなきゃって思うのはわかりますが、日本には健康保険があって傷病手当や高額療養費制度もあります。

 

後述しますが、元をとれる見込みがあるなら医療保険は入ってもいいと思います。医療保険は使ってなんぼです。

余談ですが昼間のCMでよくやってる「80歳だけど加入できる~」「持病があるけど加入できる~」はおすすめしません・・・保険料クソ高いのに給付日額5000円とかやめてお願い!!不安な老人を狙い撃ち!!(保険料高いから保険会社は儲かるね!)

 

ちなみに私の医療保険は、

<入院給付金>

 日額(日帰り入院含む):5,000円

 女性特有の疾患による入院特約:日額5,000円上乗せ

<手術給付金>

 手術の内容によって入院給付金日額×10倍 or 20倍 or 40倍のいずれか

という内容です。

昔タイプの医療保険で、手術給付金の支払内容が手厚いのが特徴。

 

上記に月々2,300円の保険料を払ってます。一見安そうに見えますが、10年更新タイプで、10年間で276,000円もの保険料を支払うことになります。ちりつもですね。

10年間保険をまったく使わなかった場合(健康でいいことだけど)30万近くを謎のあんしん料として保険会社に献上することになります。

もちろん掛け捨てなので、途中解約しても戻ってくる解約返戻金はゼロ。

だから保険料が安いというわけ。

 

私は保険加入後に判明した子宮筋腫の入院手術で15万、切迫流産の入院で10万、流産手術2回で20万、合計45万を医療保険から支払われました。累計保険料が276,000円なので、いちおう元はとれてます。

(健康で何もないのが一番ですけどね!)

 

そしてこれから予定帝王切開なので、9日間の入院+手術で14万請求できる予定です。

一般的に民間の医療保険は妊娠関連は支払対象外です(人工中絶も)。

ただし、子宮外妊娠、切迫流産、切迫早産、流産、妊娠悪阻、帝王切開など「異常妊娠や異常分娩」の入院・手術は医療保険の支払対象となります。正しくはご加入の保険約款を確認ください。

 

24歳で加入したこの医療保険、ネックなのは10年更新タイプなので、保険を続けるためには34歳、44歳、54歳・・・と90歳になるまで更新し続ける必要があります。

保険料は更新時の年齢から算出されるので、10年ごとに上がっていきます。24歳→34歳のときはそれほど変わらなくても、健康リスクが増える44歳の更新時には保険料がドカンと上がる見込み。

そのときにこの医療保険を続けるのかよく見極めたいと思います。

 

ダラダラ書きましたが、言いたいことは、保険は使ってなんぼです。

医療保険に加入したときは多くの方が健康だと思います。自分が入院や手術をすることなんてあまり想像できないと思います。だからこそ、入ってあんしん☆終わりじゃなくて、使えるシーンがあったら遠慮せず保険を使ってくださいね。

 

女性の場合、医療保険の使いどころは妊娠出産関連が多いと思いますが、妊娠中に加入しようとすると、その妊娠に関わる給付金は免責 or そもそも加入できないこともあるので、結婚する前か直後に加入を検討するといいと思います。

 

あとは保険の内容。特約はなるべくつけずにシンプルに入院・手術が出ればいい。特約をつけると保険料がドンとあがります。特に先進医療特約なんて、月々安いからつけたくなっちゃいますけど、先進医療を受けられる機会はほぼ来ませんから・・・。

 

医療保険に加入していて、過去に入院や手術をしたけど対象になるかわからない場合。保険代理店は加入時のことやライフプランには詳しくても、肝心の支払対象になるかならないかはわかってないことが多いので、不安なら自分で直接保険会社に問い合わせたほうが早いし確実です。女性だと女性器(子宮とか卵巣とか)に関わる病気を代理店に話しづらいときもあると思うので、そういう場合も直接保険会社のコールセンターに相談でOKです。

 

昔タイプの医療保険だと、顎骨を削るような抜歯をした場合、神経や筋肉を操作するような良性腫瘍の摘出をした場合など、手術給付金が請求できることがあります(各保険の内容や会社の支払方針によります)。あとは日帰りの大腸ポリープ切除とか。意外と検査だと思って請求してこない人多そう。

 

日帰りであっても、入院であれば領収証の入院料の欄に算定されています。

検査だと思っても、手術をしたのであれば領収証の手術料の欄に算定されています。

領収証もらったらまず確認してみてください。

 

せっかく高い保険料を払っているのですから、もらえるもんはきっちりもらっていきましょーという話でした。

正社員やめたけどあんまり後悔してない

大学卒業して10年、正社員で仕事をしてきた。

入社して7年目に結婚し、産休と育休をとって時短で働き続けるつもりだった。

私も「保活」にいそしむんだろうなってニュースをみながら漠然と考えていた。

 

でも結婚直後に妊娠してすぐに出血がはじまり、切迫流産で10日ほど入院したときに、仕事をしていることそのものが、ものすごくストレスだったことに気付いてしまった。

自分の中で赤ちゃんの命が消えていこうとしているのに、そのことより、休むことで職場に迷惑をかけていることにイライラしている自分がいた。

 

その時初めてなんかやべえなって思いました。自分が。

 

赤子の命<仕事 になってる。

いや、

赤子の命<体面 かな。

 

働いていた会社は上場企業で給料もよく福利厚生も完璧で、やめるなんてもったいない環境だった。全社をあげて女性の活躍推進をするような会社で、文句を言うなんておかしい。しかし、そう思えば思うほど自分の気持ちにうまく対処できなくなっていった。

 

今がつらいからやめたいだけじゃないの?

やめたらもう戻れないよ?

ていうかやめて専業主婦になってあなたになんの価値が残るの?

 

だましだまし働きつつ、2年くらいずっと悩んだ。

 

子どもがうまくできずに、できても流産してしまって、まわりの同期に妊娠→産休&育休→時短復帰という子が増えてくると、スムーズにいかない理想と現実にイライラと焦りがつのった。

 

あせりとは裏腹にキャリアは順調で、入社9年目に上司に2度目の昇進を告げられた。しかし、断った。今以上に成果を出すとなると、精神的にやばそうだなって本能的に思ったから。でも決まったことだからとあっさりいわれ、私は昇進した。

 

いま思うと、会社は結婚後も働く女性をゆくゆくは管理職にさせたかったのだろう。会社全体がそういう取り組みを熱心にしていて、私を含め一定数の女性がそういうレールにのせられていた気がする。

 

昇進してラッキーなんてまったく思えなかった。

ものすごいプレッシャーだった。

がんばらないという選択肢がなかった。

 

子どもができていわゆるマミートラックにはまった同期からも色々いわれた(しかし私の会社では自らマミートラックにはまりたいと願う女性社員のほうがはるかに多かった。仕事はやめず、しかしがんばらず、能力はあってもなるべく目立たないように気をつけて、家庭と育児も両立したいと願う女性社員は現実にはものすごく多いと思うんだが、メディアに出てくる育児中の女性ってみんなバリバリ昇進したいと願っているように見えて違和感)。

 

25のときに見つかった子宮筋腫は流産を経て急激に大きくなり、電車で席をゆずられるくらい下腹部が出ていた。

のちのちMRIをとってみると、漬物石のような巨大な筋腫が子宮を押しつぶしていた。

 

これはなんだ。からだからのメッセージか。休めというメッセージか。

とりあえず、妊娠するために手術しよう。そう決意してリュープリンで筋腫を縮め、腹腔鏡で切除した。

その後も仕事に復帰して黙々と働いていたが、手術後1か月くらい経ったとある晩秋の夜、夕飯を食べながら夫にぽろっとこぼした。

「あのさ、仕事やめようと思うんだけど」

 

夫は反対しなかった。

そこからは早かった。

夫婦で話し合った翌日、上司に退職の旨を伝えていた。

形式上は引き止められたけど、とんとんと退職話はまとまり、半年後には退職していた。

結婚でも妊娠出産でもない理由で退職することは、いまどき珍しいのかもしれない。

でもあのとき辞めないとだめな気がした。

 

世の中には、働きたい女性がたくさんいて、保育園入りたい日本死ねと憤っている。

休みたかった私のような人間はちょっと肩身が狭い。

でもいいんだ。10年、手を抜かずに自分なりに悩んでもがいて働いた。それは私の自信につながっている。

正社員をやめて3年経とうとしている。その間にインドにいって、妊娠して、いま実家にいる。人生はどうなるかわからない。

 

体調はずいぶんいい。筋腫は復活しているけれど妊娠に支障はないし、保活もしなくて

いいし、夫婦仲もとてもいい。赤子は腹の中でぐにょぐにょと動いている。5年間夢にまでみた妊娠生活だ。自分が過去にしてきた選択で「今」がある。

 

私は私を守るために、キャリアを捨ててストレスフリーな環境を選んだ。そう思うことにしている。

 

そんな私も、子どもがうまれて、育児ノイローゼになって、外に出て働きたいと願うのかしら。

 

それでも、あの時やめなければよかったと思うことはないと、私は確信している。